【歯の雑学】麻薬のコカインは、かつての局所麻酔薬だった!?
[2024年12月02日]
麻薬は、身体的依存性の高さから日本では麻薬取締法で厳しく取り締まられています。
そんな麻薬ですが、漢字をよく見てみると、麻酔や麻痺に使われる「麻」と薬という字を組み合わせた熟語であることがわかります。
実は、麻薬には痛みに対する感覚を無くしてしまう効果があり、実際、代表的な麻薬の一つであるコカインはかつて局所麻酔薬として使われてきた歴史もある麻薬です。
今回は、コカインと局所麻酔薬との知られざる関係性についてご紹介します。
目次
- ◯コカインと歯科の歴史
- ◆麻酔薬としてのコカインの誕生
- ◆歯科医療への導入
- ◆コカインの終焉
- ◯コカインの問題点
- ◆化学物質としての安定性の欠如
- ◆壊死が起こりやすい
- ◆依存性の高さ
- ◯コカインと局所麻酔薬との違い
- ◆依存性の低さ
- ◆止血力のなさ
- ◯おまけ
- ◯まとめ
コカインと歯科の歴史
コカインと歯科の歴史をお話しします。
◆ 麻酔薬としてのコカインの誕生
1859年、ドイツのアルベルト・ニーマンという化学者が、南米のコカの葉からアルカロイド(窒素を含む有機化合物)の抽出に成功し、コカインと名付けました。
1864年、フォン・シュロフ博士が舌の上にコカインをつけてコカインの麻酔作用を観察し、そこから麻酔薬として注目を集めるようになりました。
ちなみに精神分析医として有名なジークムント・フロイトもコカインの作用に注目していた一人でした。
そして、1884年、ハイデルベルグで行われた眼科学会で、カール・コラー博士がコカインの2%水溶液を目に投与して麻酔薬としての高い作用を実証しました。
◆ 歯科医療への導入
1884年の眼科学会での麻酔作用の実証ののち、コカインは外科手術にも応用されるようになりました。
実は、コカインを使った初めての外科手術で被験者となったのがニューヨークの歯科医師だったそうです。
このとき、ニューヨーク在住のウィリアム・ハルステッド博士が、コカインをこの歯科医師の下顎に注射し、痛みを感じることなく抜歯することに成功しました。
これが、麻酔薬として外科手術にコカインが導入された初めての例だったと言われています。
この後、当時主流だった笑気ガスによる麻酔よりも効果が確実であったことから麻酔薬としてコカインは歯科だけでなく医科でも広く使われるようになりました。
◆ コカインの終焉
詳しくは後述するのですが、麻酔薬として広く利用されていたコカインには大きな問題点がありました。
ところが、コカインに代わる局所麻酔薬がなかったことから、問題点が明らかになった後も局所麻酔薬として使われていました。
そして、1905年にコカインの代わりとなる局所麻酔薬ノボカインが開発されました。
ノボカインには、コカインに匹敵する鎮痛作用があるのに、コカインのような常習性や副作用がありませんでした。
ノボカインの登場をきっかけとし、安全性の高い局所麻酔薬が開発されるようになり、コカインの使用が禁止されるようになりました。
コカインの問題点
では、局所麻酔薬として使われていたコカインがどうして使われなくなったのでしょうか。
実はコカインには無視できない負の作用があり、使用例が増えるにつれてそれが大きな問題となっていったのです。
◆ 化学物質としての安定性の欠如
コカインは、製造されてから比較的早い時期に分子構造が変化してしまい、麻酔薬として使えなくなってしまいました。
その上、値段も高かったのでした。
◆ 壊死が起こりやすい
コカインの注射で局所麻酔を行った部分の組織が壊死しやすいことも明らかになってきました。
◆ 依存性の高さ
最大の問題が、コカインの陶酔感による薬物依存性の高さでした。
これは、患者だけでなく、それを使った医師や歯科医師にも広がりました。
コカインを麻酔薬として初めて使ったハルステッド博士自身が、コカインの誘惑から逃れられず、彼の部下の3人がコカインの薬物中毒で亡くなったほどです。
コカインと局所麻酔薬との違い
コカインには、「カイン」という言葉がついていますね。
現代の歯科治療では、「リドカイン」「メピバカイン」「ブピガカイン」など「カイン」とつく局所麻酔薬が利用されています。
これ以外にも多くの局所麻酔薬はありますが、これら現在利用されている局所麻酔薬とコカインには大きな違いがあります。
◆ 依存性の低さ
まず挙げられるのが、陶酔感がないことによる身体依存性の低さです。
現在、利用されている局所麻酔薬には依存性がほとんどなく、乱用の可能性がたいへん低くなっています。
実際、歯科治療で麻酔をたくさん打たれても、その麻酔薬をまた打って欲しいと思うどころか、注射は二度としてほしくないと思いますよね。
◆ 止血力のなさ
コカインには血管を縮める作用があるので、止血の働きも持っています。
ところが、現在利用されている局所麻酔薬には血管収縮作用がありません。
血管収縮作用がないので止血作用がありません。
また、麻酔薬がすぐに血管を通ってよそに運ばれていくので、麻酔を効かせたい部分に対する麻酔作用の時間も短くなっています。
このため、局所麻酔薬の多くには血管収縮作用のある薬物成分を追加して、作用時間を長くしていますし、そのおまけとして注射されたところからの出血も抑えられています。
おまけ
コカインに似た名前の飲み物が身近にあるのですが、思いつきますか?
コカ・コーラです。
コカ・コーラも、コカの葉を原材料として使っていたので、この名前がついたという説があります。
ちなみにコーラは、アフリカ産の木の実です。
もちろん、現代のコカ・コーラにはコカインの成分は含まれていないので、ご安心ください。
まとめ
今回は、現在では麻薬取締法の対象となっているコカインという薬と歯科との関係についてお話ししました。
原則的に外科治療である歯科治療の多くは痛みを伴う処置なので麻酔が求められてきました。
歯科治療の歴史は麻酔薬の開発の歴史といってもおかしくないくらいです。
麻酔薬として注目されたのが、コカインでした。
コカインは優れた麻酔効果の反面、依存性の高さが問題とされ、程なくして麻酔薬としての利用されなくなりました。
現在では、表面麻酔薬としてのみ利用が認められ、日本薬局方に収載されています。